秀808の平凡日誌

第6話 星空

第6話  星夜

「ぅ…う、ん…」

 焚き火の側に簡単にセットされたベットの上でルーナは目を覚ました。

 先程までにあった苦しみのせいか、僅かに胸がズキズキと痛む。

「あれ…私…えっと…」

 ルーナはベッドに横になったまま、これまでにあったことを思い出そうとする。

「確か…私…発作を起こして…えっと…そうだクロウさんが!」

 クロウが戻ってきたことを思い出して、ゆっくり体を起こす。

 そして顔を横に向けるとそこには自分の方を向いて、座ったまま眠っているクロウがいた。

 同時にルーナは左手に温もりを感じて自分の手に目を向ける。

「…クロウさん」

 そこにはクロウの手が自分の左手をきつく握りしめていた。

「夢じゃ…なかったんですね…」

 とても苦しくて、自分に何が起こっているかなんて何も解らなかった。

 それでもひとつだけ解っていたのは、クロウが側にいてくれたことだけ…

 夢だと思っていたけれど、それは夢じゃなかった。

 クロウはずっと自分の側にいて、ずっと自分の手を握っていてくれた。

「クロウさん…」

 嬉しかった…言葉にならないくらいに…

 ルーナは自分の手を握るクロウの手と一緒に、自分の頬へと持っていく。

「ぅ…ん」

「クロウさん…」

 その動きにクロウは少しだけ口元を緩ませたが、目を覚ますことはなかった

「温かい…クロウさんの手…」

 クロウの手の甲を自分の頬に当てながら、ルーナはそうつぶやく。

「クロウさん…ありがとう…」

 そういうとルーナはゆっくりと自分の目の前に手をおろし、握り合う手の上から右手をかぶせるように置く。

 そしてそれを、ルーナはただ強く握り締め続けていた。

「すぅ…すぅ…ぅん…ぅぅん…」

 クロウはずっと寝息を立てて眠り、ルーナはそんなクロウの表情を見ながら手を握り締めた。

「……」

 ただこうして、クロウの手を握り締めていることが嬉しかった。

 クロウに触れ、温かな体温を感じられる…それだけで嬉しかった。

 暫くしてルーナはそう小さくつぶやきながら、眠るクロウの表情に触れながら言う。

「ぅ…んん…」

 するとクロウは僅かに声を上げるが、すぐに寝息へと変わってしまう。

 ルーナはそんなクロウの表情を見て微笑みながら、再びクロウの頬に触れる。

「…クロウさん…大好き、です…」

 小さく、たとえ起きていたとしても、聞こえないほどの小声でルーナはつぶやく。

「すぅ…すぅ…」

 クロウはそんなルーナの声には何の反応をすることもなく、ただ眠りについているだけだった。

「……」

 ルーナはそんなクロウの表情を見つめ、笑顔を絶やすことはなかった。



「う、ぅうん…はれ…俺…」

 ルーナの側に座り込んだまま眠ってしまったクロウは目を覚まし、眼をこすりながら顔をゆっくりをあげる。

「やべぇ…寝ちまってたんだ…ルーナ?」

 まだぼやける視界のまま、クロウはルーナの方へと目を向ける。

「…クロウさん」

 そこには自分の方を向いて微笑む、ルーナの姿があった。

「ル、ルーナ?! 身体は大丈夫なのか?」

 ルーナの顔を見るなりクロウは驚いたような表情をしながら、

 ルーナの両肩に自分の手を置いて、身体をゆするようにしながら聞く。

「あ…はい。もう大丈夫みたいです」

 突然のクロウの行動に驚きながらも、ルーナははっきりとした口調で返事をする。

「本当か? どっか、身体の痛いところとかないか?」

 ルーナがそういってもクロウは心配そうな表情を消すことなく、ルーナを気遣う言葉を繰り返す。

「はい…もう平気です。ちょっとだけ胸がズキズキするんですけど…これくらいだったら全然大丈夫だと思います」

「そっか…良かった…」

 その言葉にクロウは安堵の表情を浮かべ、ルーナの肩に自分の顔を落とす。

 そしてそのまま自分の両腕をルーナの身体にまわすと、ゆっくりと弱い力で抱きしめていく。

「ク、クロウさん?」

 クロウが自分にすることに、ルーナは再び驚きの声と表情をする。しかし嫌がるような素振りは、決してなかった。

「良かった…本当に良かった…」

 少しだけ震えるような声でクロウがそう言うと、ルーナは自分の身体を抱きとめる腕が強くなっていくのが解る。

「…クロウさん」

「苦しむお前見て、死んじまうんじゃないかって本気で思って…俺…」

 だんだんとクロウの震える声が、涙声へと変わっていく。

 ルーナが苦しんでいる間中、クロウはそのことばかりが頭の中を巡っていた。

 もしルーナが死んだら…自分の前からいなくなってしまったら…

 最悪なことばかりを考えてはいけないと思っても、その思いが消えることはなかった。

 だからこうして再びルーナに触れて、会話が出来ること…クロウには喜びの他なかった。

 大好きな…ルーナだから…

 ルーナにはクロウの表情を見ることは出来なかったが、クロウが泣いていることははっきりと解った。

「クロウさん、私…クロウさんのことが好きです…大好きです。本当は言うつもりなんてなかった…けど… 言わなきゃ絶対…絶対後悔しそうな気がしたから…」

 クロウは自分から離れようとするルーナを、自分の両手で抱き止める。

「クロウさん?」

「ルーナ…嘘じゃないよな…その言葉、嘘じゃないよな?」

 ルーナが嘘を言うわけがない事ぐらいクロウは分かっていた。しかし、それを確かめずに入られなかった。

「当たり前ですよ…こんなところで、嘘なんて言えません」

 そして、ルーナの返事を聞いたクロウも自分の本当の気持ちを口にした。

「ルーナ、俺もお前のことが好きだよ」

「 !…クロウさん」

 ルーナの声は喜びと驚きに満ちあふれていた。

「クロウさん…」

 自分も何か言わなければと思っているのに、ルーナは言葉が出ない。

 そんなルーナとは裏腹に、クロウは同じ言葉を繰り返し伝えてきた。

「ルーナのことが好きだよ」

 何か言葉を考える必要なんて無い。       

  『好き』 

 …その一言を伝えるだけで十分だった。

「ありがとう。クロウさん」

 クロウの言ってくれた言葉に、ルーナは一言だけ口にした。

「ありがとうって、言うことじゃないって…」

「そうかな…でも…ありがとう、クロウさん…」

 これはあくまでも一時的な薬の効果であって、ルーナの病気が良くなったわけではないことは解っている。

 それに今回のルーナの病状を見て、簡単に治るようなものではないことも否が応でも理解することが出来た。

 それでもクロウは、嬉しくてたまらなかった。

 今こうして大好きなルーナが目の前で息をしていて、身体に触れると生命の鼓動を感じる…

 そして自分と会話を交してくれている…それだけのことでもクロウは嬉しかった。

 いつの間にか自分の胸の中で眠ってしまったルーナの手を、クロウは朝まで握り締めてやっていた。



自分のことを好きだと言ってくれた…

俺は嬉しくてたまらなかった…

本当に嬉しかった…

自分はルーナのことが好きでルーナも自分のことを好きだと言ってくれた…

一番ルーナの近くに寄れたこと…

それは最初で最後…

しかし決して忘れられない

一番にルーナを感じた唯一の瞬間だった… 


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